洗濯物、と検索窓に打っただけで

あーみんな同じよね…と少しほっこりした。
洗濯機を回す時には洗濯しちゃうぜ!ってすげぇやる気あるのに、なーんで洗濯終わった音がするとげんなりするのかなぁ。
まぁ今回の私は寝落ちで干し忘れだったので意図的じゃぁない。じゃあないです。
我が家は洗濯物干す用の小さい部屋を作っていて、夜に洗濯してます。完全部屋干しの我が家。
たまに外で干してぇと思うけど、夫が極度の花粉症なのと私が朝早くに起きるのが大嫌いなので、結婚してからずーっと部屋干し派。
除湿機フル稼働で一晩で乾く!まぁ多分、普通に外干しの家庭の人より生乾き臭を感じ取れなくなってると思う。生きる為に。
因みに私は洗濯終了後の放置は2時間くらいなら余裕で干しちゃう派。今回はおよそ6時間の寝落ちだったので流石に…と思いつつ洗濯機を再度回しながら、何気なく『洗濯物』と検索したのだった。
記事では半日とか10時間でも干しちゃう猛者がいるとの声が。絶対くさいだろ〜…。
逆に10分放置とかでもっかい回す!て人は凄いね。まじで生乾き臭を心から憎んでるんだろう。
おすすめ記事では、夏なら1時間、冬なら2時間ほどの放置で回し直した方がいいだろうって書いてありました。雑菌…の繁殖具合がどうとか。
夏1時間か〜…。3時間放置とかの日もあったな〜うち…。
さて。
お正月も過ぎ、もうすっかり日常。
お正月は、下の子が幼稚園に行きだしてから初めてってくらいの長い時間をずーっと子供たちと過ごした。
詳しくは言わんが、世のお母さんお父さん方、お疲れ様でしたー!!
解放感ったらなくて、幼稚園再開の日はずっと我慢してたファストフードを食べましたよ。
子供がずっと〇ッピーセット食べたい!って言うのをダメと窘めてたくせにね…!とはいえ冬休みはおおよそ10日ありましたから、1回だけ〇ックのカード切っちゃいましたけど。
無理だよ〜〜休みがあんのに〇ックのカード切らないの〜〜。
それ以外にもコンビニ飯、ほ〇弁など、ほんと、へへ、仕方ない仕方ない。
そんな子供たちのご飯問題を抱える私を尻目に、親戚付き合いと年始の旅行を休みでこなした夫は激務へと身を投じておりました。
夫、会社勤めから個人事業主となって数年。最近はやっとこ忙しくできてる気がします。
去年の正月は普通にお休みがあったんですけどね。…けどね。
去年の正月は、ほんっとストレスだった。もう夫が。子供らにキレまくり。
私より子供と過ごす時間が短い夫が、子供のイヤイヤだったり理不尽だったりに中々耐性がつかないのは仕方ないことです。
私も通った道だ…これを通って達観の域に入っていくのだ…と。
とはいえ、そんなイライラを抱えた成人男性と幼児2人と過ごしてればこっちだって疲弊する。
去年の正月は…最悪の一言に尽きた!しかし今年は平和だった!疲れたけどね!
あ、でも…元旦に私の祖母の家に晩飯食べに行ったんだが。
元旦はお昼くらいに私の実家に行き、お肉まみれのはち盛りに始まって子供たちはずっとダラダラ何かしら食べてた。
それで車で片道1時間の祖母宅に行き、また油っこいものを食べて、もう夜も遅いしと家路につき。
2歳の娘、あと1分で家に着く!ってとこで盛大に車内で吐きました。
グプグプいってたから吐きそうやばいってなってて。そしたら、ゲロを手で受け止める経験が豊富な旦那が車運転しながら娘のゲロに咄嗟に手を出してしまい。
そうなると、家に着いて子供をお風呂に入れる係と車内&チャイルドシートを洗う係に勿論分かれる訳ですが、汚れた旦那が子供ら担当になったのは必然で。
元旦の夜から私は寒空の下、汚したくないジャンパーを脱ぎ、足元のマットとチャイルドシートを外付けの水道で丸洗い、車内も粗方拭き取ってアルコール消毒。
チャイルドシートはもう隙間という隙間にゲロが入り込んでたから分解できるとこ全て分解して洗ったよ。超疲れたよ。古いやつだから重かったし。
翌日に家族旅行の予定があったから、チャイルドシートは家の中に持ち込んで洗濯物と一緒に物干し場で干した。
全ての洗浄が終わるのに1時間、寒空の下、妊娠8ヶ月の腹抱えてクソ冷たい水で洗う洗う。汗かいたわ。
21時の帰宅だったのに私が家に入れたのは22時。旦那はその間、子供たちと自分のお風呂と寝る準備、たっぷりべっとりゲロまみれのお洋服たちの予洗い。
旦那、途中で代わろうとしてくれたんだけど、風呂上がりにゲロはさすがに可哀想だったので水洗いしたものたちを運ぶことだけはしてもらった。
当の娘はたくさん吐いてスッキリ元気になってた。
まぁ何か…普段から油っこいものをたくさん食べさせてる訳じゃないし、娘さんは便秘症で息子は度々お腹の風邪になるような胃腸があまり丈夫でない子だし、こういうことはよくある。
子供のゲロは避けて通れぬ…。
まぁそれでも去年の正月よりマシだ。
今思い出したけど、去年の1月は5日とかそんくらいに足指に重たい皿を垂直に落とし小指の骨が粉砕骨折した。
旦那のイライラもさすがに、そのときばかりは気にしていられなかった。
今年は骨折しなくてよかった。妊娠してるとレントゲン撮れないからね。
実は妊娠中だからレントゲン撮れないって鼻炎のときに言われて、3人目にして初めて知った。お恥ずかしながら。
そして急に背筋が寒くなった。これまでの妊娠中に怪我しなくてよかったぁぁ…と。
昔から怪我が多い方で、骨折は右手以外を経験済み。両足はそれぞれ2回やってる。
つかむしろ利き手がずっと無事なの超怖い…。
産むまで残り2ヶ月ほど。安全に過ごしたい。怪我なく病気なく。頑張れ私の体、そして免疫!
ピザまんて言ったはずだけど肉まん渡された
店員さんから「酢醤油等どうしますか」と聞かれた時点で言えばよかったんですがね。
でも自分の口からちゃんとピザまんって言ったかどうか自信なくて、朝の忙しい時間帯だし、まぁ肉まんでいいかってそのままコンビニを出ました。
でもどうせ肉まんなら酢醤油欲しかった。
あと久しぶりにセブンコーヒー飲んだら、機器の洗いが不十分のようで出涸らし豆の味が凄くします。
久しぶりのセブンは何だか色々残念でした。
さて。
遠方に住む父方の伯母夫婦が法事のために実家に来てたんだが、伯母にほんのりと認知症の症状が出ていて驚いた。
伯母は元々、なんというか、邪気の塊。年取ってからは自分のコントロールが効かず気に入らないことがあると喚き散らすなんてことがままあった。
そんな伯母、今回久しぶりに会ったら、邪気がなかった。
あまりに無邪気な笑顔で、うちのもうすぐ2歳になる娘を見て可愛いと連呼していた。
私の知る伯母なら、一応可愛いと褒めてから、「うちの子(息子孫)もね!」と身内自慢が始まるのに、ひたすら可愛いと言い続け、滞在時間3時間ほどの間に「何歳なの?」という質問を5回ほどぶつけてきた。
こちらが一応答えるたびに「え〜こんなに小さいの!凄いねぇ賢いねぇ可愛いねぇ」と毎回新鮮な反応。
あぁ…これはガチだ。
邪気たっぷりの伯母を見てきたから、この変化はなかなかショッキングだった。
私、悪役は最後の最後まで悪役でいてほしい派。
だって悪役なりに苦悩があってそれであんなことしてたとか言われると私、おバカだから絆されて許してしまう。
どうして悪役なのに情に訴えるようなことをするのか。悪役なら悪役らしく矜持を持って華々しく散ってほしい。
…まぁフィクション上の好みなのでそれを伯母に押し付けるのも可哀想か。
実は伯母、まだお姑さんがご存命。そのお姑さんとは昔から折り合いが悪い。
なのに、そのお姑さんより先に認知症の症状が現れてしまったというのだから何とも言えない。
正直、伯母のあの姿を見ておらずただ現状だけ知らされたなら「因果応報!」と言ってのけられるくらいにはまぁまぁ伯母は強烈な邪気ババァだった。
が、前情報なく認知症の現れた伯母を見た私の母が先に「認知症が…」と神妙な顔で言ってきた。
因果応報という言葉が勿論浮かんだが、私の母は、邪気伯母の一番の被害者(伯母家族除く)と言ってもいいような人で、その母がショックそうな顔で言ってくるのだから何も言えなかった。
まぁ、邪気伯母と言ってもいつでも四方八方に邪気飛ばすような人ではなく、偏ったものの見方や考え方によりやらかすというような人で、普段の生活で接してる分には普通のおばちゃんだった。
そのやらかすっていうのがまぁまぁ過激だったという話なんだが、そういう訳で親族中で「この人には何言っても無駄だからとりあえずハイハイ言うとこ」みたいな空気があった。
母が一番の被害者というのも、自分が大好きな実家に入った弟嫁、しかも父より9個下の若い若い女、目の敵にされる瞬間があっても不思議じゃなかった。
とはいえ普段は普通のおばちゃんだったので母ともそれなりに仲良くはしていた。まぁ…お互い腹黒いとこがあるから…腹の底ではクソみそだったとは思うが。
母は何だかんだ情に厚い人(自分では否定している)ので、あんだけ強かった伯母の弱った姿を見てショックだと何度も言っていた。
実は我が家、10年以上前の話だが祖父が認知症を発症し、しばらく自宅介護をしていたことがある。
その祖父の認知症が出始めた頃と今の伯母がよく似ていると母は言う。
確かに最初は頻発する物忘れだった。そして本人から「もうボケよるごた」という発言。
まだ自覚のある部分での激しい物忘れ。そう、祖父もそうだった。
当時、まだ祖母も元気で高齢者向けのサービスやら何やらに疎かったし、どこの何の病院に連れていけばいいかもわからなかった。
確か脳外科に連れていったりはあったみたいだが、思うような改善はなかった。
そうこうしている内に認知症はひどくなり、祖父は、かなり暴力的になった。
いつもニコニコで穏やかな顔をして新聞を読んでいた祖父。
その祖父が、毎日険しい顔をして気に入らないことがあると殴ったり壊したり、新聞も誰が亡くなったと書いてある欄しか読まなくなった。
暴力的になったのは勿論だが、それよりもっとショックだったのは、私と母のお風呂を覗こうとするようになったことだ。
母はひたすら気持ち悪いと言っていたが、私は気持ち悪いよりショックで悲しいの方が大きかった。
母からしたら血の繋がらない義父。でも私からしたら血の繋がった幼い頃からたっぷり可愛がってくれたじいちゃん。
そんなじいちゃんから女の体だと思われてしまったことがひどくショックだった。
覗かれたくなくてお風呂の鍵を掛けたりしても、必死に開けようと破壊せんばかりに扉をガチャガチャしていた。
泣きながら開けると、私の姿を見て祖父はふいっと背を向けて去っていく。
まぁ当時は祖母(この人も中々強烈キャラだがそこは置いといて)がギャンギャン怒鳴って私や母が風呂に入ってる時は睨みを効かせてくれるようになったので、毎日のことではなかったんだが。
徘徊もあったし、一度は数時間だけだが行方不明にもなった。
施設に入れても暴力的すぎてやっぱり預かれないと拒否されたことも何度かあった。
母が主に介護をしていたが、あの頃はなかなか家庭内が荒んでいた。しかもまぁその荒んでる家庭内を引っ掻き回すように伯母もやってきて…これは長くなるからやめておこう。
とにかく、上手に対応してくれる施設に奇跡的に出会えるまでの数年間、我が家は本当に大変だったのだ。
本当にあの施設には感謝しかない。あの暴力的で他の施設から拒否されてた祖父のことを「たまに職員へ暴力行為はありますけどちゃんと対応は出来ますし、普段は穏やかに決まったソファーに座って過ごしてありますよー」とのことだった。
最後に祖父に会ったときは痩せて小さくなって寝てるんだか起きてるんだか分かんないようなボーッとした顔をしていたが、険しい顔で暴れ散らかしてたときの祖父よりずっと、私の知ってる祖父に近い穏やかな顔をしてた。
祖父にはギリ結婚報告だけは出来たかな。
(余談だが、祖父が亡くなった月に第一子を妊娠してた。じいちゃんが連れてきてくれた子だと勝手に思ってる)
…とまぁ認知症の祖父の介護は、私は全く主体的ではなかったもののとにかく大変であった。
それもあり、伯母の認知症の兆候は見て見ぬふりは出来ないと、伯母の娘に電話をした。
家庭内でも伯母がどうやらきているようだというのは分かっていたらしいが、昔の我が家と同様にどうすべきかと戸惑ってる最中だったらしい。
こういうのはとりあえず、実の娘が居るならそちらからアプローチする方が聞いてくれるだろうとのことで、うちの両親からまずは病院へという話をしたそうだ。
娘(私からすると従姉)も、病院の目処はつけていたもののやはり二の足を踏んでいたようだ。わかる。しかし今回近しい親族からの進言ということで、すぐに連れて行ってみると言ってくれたらしい。
今はネットで何でも簡単に調べられる時代だ。ネットの情報を全て鵜呑みには出来ないが、どこに行けばいいか、病院はどういうものがあるのか、という指針だけでもわかれば行動はしやすいと思う。
伯母の認知症発症について、母は「きっとストレス溜めてたんやろうねぇ」と言ってた。
一概にそうとは言えんだろうが。
折り合いの悪い姑が自分が70を過ぎてもまだ元気で、同居している息子家族も居て、昔はそれなりに裕福だったが夫である伯父が定年迎えてから思うようにお金を使えず、また元々被害妄想も強めの方だったので何でもマイナスに考えがち。
…と思うと、それもまた要因の一つかもしれんなとは思った。
特にお金がなければ、大好きな実家のある九州になかなか帰れない。まぁ去年まではコロナもあったけど。
伯母は伯母で追い詰められていたのかもしれないな。
なんて考えると、邪気伯母を許してしまいたくなる。いや別に私は許す許さないの立場では勿論ないんだけど。
ただやっぱうちの家庭内を引っ掻き回した実績があるからそこについては実家の一員としてちょっとテメェコラくらいは思っていたというか。
…まぁ…伯母含めこれから伯母家族たちは大変になると思う。
私からは何も出来ないが。心からエールを送る。
家事分…担
物理的に時間がある方が家事をやる方が効率はいい訳だよね。
わかってはいても共有スペースを整えることを自分ばっかりが頑張ってたらムカつく。
だから出来る範囲での分担、手が回らない場合に相手に頼める関係性と普段からのコミュニケーション度、相手担当の家事が出来てない場合の干渉具合…など…
ハードル高っ
えっしかもこれ他人とやるんですよね。恋愛感情って長くて三年でなくなるのに、以降の恋愛感情なくなっちゃった他人て…
なんてめんどくさいんでしょう。
っていう話を結婚願望のある身内の前で披露したので苦笑いを頂戴した。
これだから既婚者に結婚はどうかって話はよくないんだよ。そりゃ大変なことしか言わねぇんだから。
だからって幸せ話を披露する間柄って限られてない??他人に話したとこではいはい惚気自慢おつってなるしな。
どうせネガティブなことしか言わねぇからほっとけよ、と言外にその身内には漏らしたつもりだったけど、さすがにその身内もある程度のリスク覚悟の上で婚活しているからか話が続いてしまった。
それでも誰かと身を固める、そう決意してる身内は…うん…私と生きる世界が違うと思った…。
私は多分旦那と出会ってなかったら結婚してねぇし…。
その身内が誰かと交際してるときのルールっていうか、最低限こうしよう、みたいなのとか、私には異次元過ぎたんだ。
「すれ違いが一番悲しいから、話し合うべきことは逃げずに向き合う。面倒になっても気持ちの擦り合わせは大事。本当に一緒に居たい人なら、このまま終わっていいなんて思わないから」
うおおお。うおおおおって言っちゃったよ。
世界一嫌い、話し合い。
自分の腹の内を晒け出すのも、こっちは知りたくないとこまで相手の腹の中を見るのも。
嫌だァァァ。
何故嫌って。だって、知ったら責任が伴う。
前にこう話したからお互いにこう配慮すべきって、暗黙の了解がより明確に出来上がっちゃうのが嫌だァァァ。
そうした方が人生がより効率が良くなるとわかっていても、嫌だァァァ。
頑なに、旦那と意見を擦り合わせることを避けてきた理由が自分の中で明確になった瞬間である。
そして、私の逃げ癖と自由に固執するのを黙認し、尚且つ「精神的に自立している」等と称し、(精神的に)お互いにお互いが居なくても生きていけるね!という関係を確立している旦那には感謝しかないのである。
私の事は大事にしてくれるけどいざとなればポイしてやるよって思ってくれてる旦那は最高だよ。少なくとも私にとっては。
話は変わるが旦那とここが合ってよかったと思う部分がある。それはお金への執着具合。
旦那の実家は太い。両親が思春期頃から別居しているのに太い。
何かの行事事へのお祝い金は、まぁまぁビビる額を渡してくる。
それらを全て私にいくら貰ったかを報告、そして、旦那が家計を握っているので「今月厳しいのでこちら使わせて頂いても?」と了承を得ようとしてくる。
厳しくない場合は、全額引き出して私に渡してこようとする。
たまにこちらのやりくりを気にして、臨時収入なんかも渡してこようとする。
私は食費(外食抜き)や雑費や子供にかかるお金を負担してるのだが、こちらも厳しい月はそれをありがたく頂くが何とかなる場合は頂かない。
何か別のことに使うか貯めるかしようかとなる。
このように、お互いあんまりお金に酷く執着がない。ある程度余裕があればいいかなとは思うが、多ければ多いほどいい!というのがない。
もちろん得をするのは好きだし損をしたら結構引きずるが。
私の実家は貧乏なのだが、父は昔の贅沢暮らしが抜けず、散財するにしても基本金はないが、金があるときはあるだけ湯水のように使う。
母の実家は母が幼少期に父(私の祖父)が倒れてから貧乏暮らし、そして三姉妹の末っ子として不遇の人生、嫁いだ家も最初こそ裕福だったのに時の流れと共に貧しくなっていった。
贅沢が好きな父と、根っからの貧乏人の母。何でも高い方を選択する父と、何でも安くいい物を選択する母。
しかも当時は父とおなじ考えの祖父母も同居していた為、母の苦労は絶えなかった。まぁ、お金だけの問題でもなかったがそれは置いといて。
そんな両極端の両親を見て育っている私たちきょうだい、全員物欲が薄い。
物欲が薄いことは決していいとは言えんが、少なくとも貧乏暮らしするには助かる。いや、今はそんなに貧乏ではないんだけどな。子供なんとか育てられているし。息子に水泳も習わせられているし。
旦那は一応、裕福家庭で育ったが現実的な性格と自身の収入支出を把握しているし、責任感の強い男なので家族のために絶対に無茶で無謀なことはしない。
むしろ無茶で無謀なのは私の方だったりするが…まぁ…やり過ぎたら旦那に一応窘められているし…セーフ…。
ただやっぱり裕福家庭で育っただけあって金銭感覚は違う。
旦那は大金が動くようなことでも後々のお得具合なんかも踏まえてこれがいいと判断すれば全然投資する。
対して私はお得とわかっていても大金を失うことが恐ろしくて動けない。
あとは子供へ与えるおもちゃ。
やっぱり一緒に居る時間が短いせいなのか旦那はどうにも子供におもちゃを与えたがる。というか自分が買いたい欲もそれで発散させてる気がする。
何でも買ってもらえる!と勘違いさせたくないのだが、今の息子を取り巻く環境を見ると、ダメ!を言えるのが私だけのようなので、頑張ろうと思う。…頑張ろう…。
あんなに私や弟には厳しく色々買ってくれなかった両親がほんと孫には甘いのだから…なんというか、これがジジババかぁって感じだ。
まぁ、旦那が自分の収入の中で子供におもちゃを買うことには目くじらは立ててない。
こちらの生活を圧迫しないんならお金使うのは別にいいよとは思う。思うが、買いたい欲を子供で発散すんな!っていうな。
あれ、家事分担の話を書こうと思ってたのにな。まいっか。
我が家は特に分担は決めてません!やれる方がやる!時間的にやれるのが私の方が多いんで、私ばっかやってムカつくって思ったら、して!って言ってます!
私の方が旦那より一応ひとつ年上ではあるけど、こいつ仕方ねぇなみたいな雰囲気があるので、大いに利用させてもらってます!
長女なので甘えることに抵抗がある瞬間はあるけど、何かたまにどうでもいいやってどちゃ甘えることが出来ます!
おバカを許し見下さない旦那相手だから出来ていることだなと思います!
何だかんだうちはうまくいってる方なんだ。主導権握らなくていいの楽〜
さらっと告げられた性別

巨神兵のようだ。
妊婦健診に行ってきた。も〜薬貰いに行きすぎていつが健診だっけ??てなる。
今も仕事休んでること聞かれたので体調不良のこと言ったら何で言わないんだみたいな顔されてしまった。
聞いてると、たまにそうやって体調不良で仕事休んでる妊婦さんの職場から『今どういう状態なんですか』って問い合わせが来たりするらしい。そりゃ、めんどい。
めんどいし、本人がきついって言ってるんだから休ませたれよ…と思う。
病院に言うほどじゃないきつさなんて普通にあるのに。ましてや腹に生き物がいるんだから。
母体って例え自分の体で生成した命でも異物!とか思っちゃうんだぞ。そんでその異物を受け入れるためにアホほど免疫力を下げるんぞ。
体調悪なる人もおるわ!そりゃ!
…ってね、まぁ私の場合は労働環境的に今の体調で毎日まともに働ける気がしないんだよね。えぇ、外仕事の体力仕事なもので。
重機行き交う中で作業しなきゃだから、周囲に気を配る余裕もないと正直命にも関わるし。
し、しにたくない!
と色々思うことはありつつまた診断書を出してもらいつつ。
エコーで腹の子を見てきました。最近、胎動がわかるようになってきたんでちょっと楽しみでした。
エコー検査開始してしばらく。先生から
「うん、元気な男の子でーす」って。
んっ?えっ?てなってる私に気付いた先生は「前回言わなかったっけ?」って。前回からわかっとったんかい。
ということで腹の子は男の子であるのが確定した。
性別が判明すると途端に…途端に我が家の子供が3人になることをハッキリと自覚した。ような気になった。
こないだ服をくれた友人が、3人目の妊娠を報告した時に言ってた。まさかゾノが3人の子持ちになるなんてねーと。
その友人も3人の子持ちなんだけどな…(笑)
まぁでも、もし旦那が2人で十分だねって態度だったら3人目は考えてなかったと思う。
旦那が3人目という選択肢を残し続けたのは、私が3人目を欲しがったときの為っていうのはわかってる。私が意見を翻しまくる人間だから。
第2子の出産前に、卵管結索という避妊手術をしてもらおうかという相談を持ち掛けたけどそれをやんわり拒否したのも、第2子出産後に「もう絶対次産まない」と言い続けたのに曖昧に笑うだけしかしなかったのも。
「こいつしばらくしたらもう1人欲しいとか言いそう」という、旦那による私プロファイルによって導き出された言動であった。
ただ私は本当に単純で。子供二人目を欲しがったのも、自分にきょうだいがいたから。
うちは3人きょうだいではあるが、妹は年が離れすぎていて、3人きょうだいという感覚がとても希薄だった。
年子の弟とずっと居たから、子供はずっと『2人』産むとしか考えてなかったし、旦那にもそれは言ってた。
だから第2子の出産前後は、3人目なんて本当に有り得ない話だったのだが。
旦那が3人目という選択肢を、私の考えを読んで、残してしまったがために想像してしまった。もうひとり子供がいる世界線。
それはまるで未知の世界。だが、私は基本的に旦那という人間が大好きであった為に、この人の子供をまた産めるのか…という喜びと、赤ん坊を可愛がる2人の子供たちの姿を想像した。
仲良く遊んでいたかと思えば喧嘩して、離れればいいのに何故かいつも一緒にいて…。子供たちがきょうだいで戯れる姿。想像だけで身悶えた。
そして、第2子の妊娠中に感じていた『これが最後の妊娠か…』という寂しさ。つわりがあって大変だった第2子の妊娠だったが、腹に生き物がいる感覚は正直クセになってた。
自分の意思と関係なく蠢く腹が面白くて仕方なかった。これが最後かと、そのときは寂しかった。
また妊娠すればあの感覚を味わえる…悪魔の囁きのようでもあった。
産後はなくなっていた夫婦の営みも粗方は復活してきたことも相俟って、旦那にまずもうひとり欲しいか意思確認した上で、私はとうとう切り出したのだ。
「6月中に妊娠出来れば、第2子と2歳差で産むことができる」
と。
それまで、お互いに曖昧なまま3人目の話題を出していたが、私のこの発言によってそれじゃ1ヶ月ちょっと頑張ってみるか、ということになった。
もし6月中に妊娠できなければそこから妊活はしない。そして、第2子と4歳差で産めるようになる再来年にまた、妊活するかどうかを相談しよう、と。
リミットはたった1ヶ月、見切り発車もいいとこな妊活。
しかも、旦那が多忙すぎるせいでなかなか3〜4日に1度なんて頻度のタイミングをとるのは困難であった。
その為、私が帰宅して子供のお迎えまでに晩御飯の支度をにまわしていた30分の時間を、タイミングをとる時間に当てた。正直、そのときくらいしかなかった。夫婦二人だけというのが。
もう本当に色気もクソもない、ただの作業だった。あれは。
そんな日々で出来るわけないわと、私と旦那は思っていた。
思っていたから驚いた。検査薬に二本線が入った時は。
作業だろうと何だろうと、方法が同じなら出来るときゃ出来ると思った瞬間だった。
ただ…そう考えるとこの腹の子は、生まれるなら今っきゃねぇ!と慌ててやってきたんだろうな、と思う。
今回の妊活が上手くいかなかったとして再来年…と話していた訳だが、多分再来年は、もう妊活しないという結論になっていたと思う。
子供ふたりに前より手がかからなくなってきた、小さい子連れだと敬遠してた場所に行けるようになってきた、再来年はそんな時期だろう。
その時の私は…きっと、やっと安定した日々を崩したくないのと、これから新生児を育てる、つまりまた最初からをやる気力が、絶対にない。
夫婦の営みも戻ってきたとはいえ時間がないし性欲の減退は年々著しい。特に旦那は元からそこまで旺盛な方では無いので正直完レスになる日も近いだろうと思ってる。
そう考えると、腹の子よう来たなぁと、やっと歓迎の気持ちになれる。
慌てさせてしまってごめんなぁ。
まだ5ヶ月なのに激しいと感じる胎動は、感謝しろやと腹ん中から突っ込まれてるのかもしれない。
おさがりジレンマ
お友達から子供服をもらった!80サイズのお洋服!買うか迷ってた薄手の長袖だからとーーってもありがたやー!!!!
お洋服をくれた友達んとこは三姉妹ちゃんで、周りに小さい女の子がいる家庭が他にないそうで、いらない服も捨てるか売るかと思ってたそう。
うちの第2子は、その友達のとこの第3子ちゃんの1つ下なので、ほんといい感じにお洋服が回ってくる。(笑)ありがたい!ほんとに…。
夏服もそこから貰ったりお洋服めっちゃ着倒させてもらったしね…。
しかも生まれたのが2人とも1月で!助かる…。
1年後には同じサイズの服が着れない幼児たちにとって、生まれた時期が同じ子からのお下がりって、当然なんだけどドンピシャなんですよ、サイズと季節感が。
下着はまぁ置いといてだけど、新生児用のお洋服はもういくらあったっていい、いっぱい汚れるからね。吐き戻しだったりゆるゆるう〇ちだったりね…。
だから新しいのは勿論だけどお下がりもらえるとほんっと助かる。のだけど…
例えばうちは9月末に第一子が生まれたのだけど、9月末生まれって実はもう冬服が必要になってくる。
生まれたばっかりは薄い服を何枚か着せて調整できるようにする。
でも引きこもるよう厳命されている1ヶ月を過ぎると、1ヶ月検診やら予防接種などにも行くようになるので、途端にお外行くようのあったかい服が必要。裏起毛とまではいかなくてもね。
実はこのとき、私は友達から5月に生まれた子のお下がりの服を何着かもらっていたのだけど…5月生まれは勿論、動き出す頃には夏服が必要になってくる。
つまり、動き出す1ヶ月〜のお洋服は、薄い夏物の服しかなかった。
しかも、そのお下がりをくれた子っていうのが歩き出すのがとっても早い子だったせいか、冬服を着る頃には既に上下が分かれた服を着ていた。
赤ちゃんは早い子だと3ヶ月〜で首が座ったり寝返り、5ヶ月〜でおすわりをする訳だが、そんな赤ちゃんが着るのは上下が繋がった服、所謂ロンパースというもの。
お座りなんかできる頃になると上下分かれた服を着せるところが多いのかな?うちはわりと1歳頃までロンパース着せてたけど。面倒で。
つまり生まれて2ヶ月そこらじゃまだまだロンパース、しかしお下がりでもらった冬服は上下が既に分かれてる…。
おまけに来年にしか着ない服はどれも新生児服、または70などのサイズ…。とてももうすぐ1歳になろうとする頃に新生児服など着れない。
結局、もらったお下がりはほぼ下着だけが活躍した。残りは…とっといたら第2子できてその子が着れるようになったけど。
とにかくまぁ、生まれた時期でそんなお下がりジレンマが起きるので、お下がりをもらうときは慎重に!とちうこと。
あと個人的に…今回かなりもったいね〜ってことが起こったのでこれも。
去年の話。実妹から、娘に夏服をもらった。
サイズは70、当時生後7ヶ月の娘が着れるサイズ。しかもチュールのスカートのロンパースで超かわいい!
かなり喜んだ。のだが…
その服、前開きじゃなかったのだ。ロンパースではあったが、上部分は肩の一部分、下部分はお股のとこだけが開くようになってた。
これもかなり面倒な話なんだけど。

個人的なやつ↑
前開きのロンパースは仰向けに寝かせたままで脱がせることができる。
が、前開きでない…Tシャツみたいになってて、お股の部分だけが開くようになってる赤ちゃん服は、仰向けで寝かせた状態で脱がせられない。
お股をあけてずりあげ、座らせた状態or立たせた状態で脱がせる。
つまりひとりお座りかたっちが出来ないと難しいのだ。いや、出来なくても着せるご家庭も全然あるんだけどさ。
私は手早く出来ないことから、まどひとりお座りがちょっと覚束無い娘にはお股開きタイプは着せてなかった。全部前開きのロンパース。なので…
せっかくのプレゼントのお洋服、夏の間に、着せれなかった。
そこそこムチムチになっていたせいで70のお洋服が入らなくなってたせいもあった。
悲しかった…凄く凄く可愛いやつだったから…。
とりあえず私はこの経験から、友達のお子にお洋服を買ったりお下がりをあげるときは上記の季節感とサイズ服のタイプを気にしてる。
難しよねぇ。次に生まれる子は…3月が予定だからやっぱり夏服か…娘のおさがりを着倒してもらお。
人の顔
今日実家にて、母の知人女性が来てるとこに出くわした。
あらまぁこんにちは〜と手招きされるまま座りつつ世間話。
ちょっと話してたら子供の写真見せる流れになったんだが、たまたま見せたのが旦那も写ってるやつで、知人女性「あら〜えらい優しそうな顔した旦那さん〜子煩悩やろ〜?」って。
ハハッ…と愛想笑いしたんだけど、知人女性ちょっと小首傾げる感じで「でも何かあれね、もしかして怒りっぽい人かな?」と。
おっ?母年代の人から第一印象最強の旦那が初めてマイナスなこと言われたなと思いつつ…
ちょっとありますね〜と言ったら「人相はいい人そうだけど、顔に出とるね、わりと厳しい人やろ?」
えっ当たってるけど何だ?なんの人?怖い…とただただ驚いてたら、人相学とか心理学とか、占いとか?の勉強をちょっと齧ったことがあるとのことだった。
まぁね、おじちゃんおばちゃんでもたまに「顔みりゃその人がどんな人かわかる!」て人居るしね。
でもその知人女性はちょっと、ほぉ〜てなった。
旦那が怒りっぽいって愚痴を初めて実家でしたとき、嘘やろ?と最初は信じてもらえんかった。
あんなに優しそうな人が?全然見えんわ、と。
だからちょっと感動したわ。
そうなんですよ、そうなんですよ!って前のめりで言ったよ。
キレやすいから子供のこと含めてこれからが心配で…と言ったら、知人女性「だーいじょうぶよ!」と。
「ストレスを逃がせん真面目で不器用な人なんやと思うよ。今はお子さん小さくて仕事忙しくて余裕ないだけ。不安かもしれんけど、話せばわかってくれる人ならきっと大丈夫よ。あと多分ゾノちゃんのことは怖いと思ってるからね」
えぇーそんな鬼嫁みたいに…(笑)と言ったら
「鬼嫁じゃなくて爆弾やね!」
爆弾(笑)(笑)
「ゾノちゃんは…不器用というよりとても鈍そうだから、ムカついたこと怒ったこと全部積もってしまっとるんやないかな〜。次の日には忘れた!と思ってもストレスが着実に溜まってる。
それであるときパンっ!てなるんよ。旦那さん相手としたら「もうお前要らん」とか急に宣告してね。
それで相手がびっくりしとる間に何でもかんでも1人で決めて進めてしまってはいさよーなら!っておらんくなる。
翌日にはもう相手のこと忘れてしまっとる。
そういうね…そんな素振りを見せんまま普通の顔して爆発しそうな感じがあるから、怖いと思うよ」
(補完&方言修正済)
そりゃ怖い。
でも子供らには感情的に怒るのは日常茶飯事だけどな。いや怒らずに対応なんてし続けられんて、幼児。
しかし私はそんな爆弾だったのか…。さながら旦那は爆弾処理班だな。そんな夫婦生活で果たして旦那は幸せなのか…。
色々考えさせられる体験をさせて頂いた。面白かった。
ほんで多分これ忘れそうだな!と思ったからブログに書いた訳だが、ブログに書いたことも忘れそう。
まぁ忘れたとこで支障はないか!今日はちょっと面白かった!
もうすぐ
仕事復帰!くそだるだるマン!
でも働かなきゃお金がありせん。つらたん。頑張ろう
さて、ソリが合わねぇと思いつつ何となくラインは返している友達と、もう1人別の友達加えた3人でお茶をしてきた。
ソリ合わねぇ友達(ソリ子)と別の友達(別子)とは高校時代の同級生。クラスのツレだった。ツレ(笑)
ソリ子と私は既婚、別子は独身。彼氏は居て、何個か年下のまだ20代で、結婚したい30↑の別子と揉めてるそう。
既に自分ばかりがお世話してるような関係性にも少し悩んでもいると話す別子。
「彼と結婚したいけど本当にこの人と結婚していいのか…でも年齢的なことを考えるとまた一からは厳しい…というか今すぐに別れるなんて決断はできない、不安があるだけで彼のことは好き、ただ彼も煮え切らないし…私がしっかりしなきゃいけない場面が多いから将来が不安で…」
と別子が辛い胸の内を語るのをうんうん頷きながら聞いているソリ子。私ばっかりってなるのわかるよと。
私もわかるよと頷きながら、彼の気持ちもわかるよと考えていた。
でも彼の気持ちもわかるよと言う場面じゃないのはよくわかっていた。ちょっとくらい空気は読めるようになっていた。だから言わなかった。
でも、彼のことは酷い男だと連呼した。
過去、クズ彼氏に溺れている自覚があるとある友達は言った。確かに彼はクズで私もたくさん愚痴を言うけど、それを聞いた友達が彼を悪くいうのは腹が立つと。
私は、別子のクズ(仮)彼の心情を代弁できないイライラを、彼はひどいおとこだという怒りに替えて昇華したのだった。
そして別子はやっぱり、「でも…」「彼にだって…」と反論し始めた。
そうだよ。私たちは愚痴しか聞かないから酷い男というイメージしかもたないけど、酷いだけの男なら誰だって逃げるんだよ。
彼女しか知らない彼の良さがあるんだろ。良さがあるから離れられないんだろ。
だったらその良さを最大限に毎日認識しながら「酷いとこもあるけど…やっぱり彼は素敵!好き!」と思いながら過ごしてもらいたい。
まぁたまに本気の本気でサイコでパスな強烈なクズ男がいるから、そこは本当に気をつけてほしいとこではあるが。
でもサイコでパスな男ってまじで見抜けんらしいからな、やばさを。怖いよね…詐欺と同じだよ
因みに最後、クズな男に引っかからない為には自分がクズになればいいと持論を展開したら、ドン引きされた
クズって寄りかかる人間を本能的に求めてる訳よ。クズがクズに寄りかかったってダメじゃん、終わりじゃん。
つまり優しく母性的で常識的で愛情深い…とにかくいい女がよ。クズに寄生されやすいんだよ!
つまり自分がクズになれば避けられるのよ!
に対するあくまでクズでは無い常識的な彼女達の返答は「クズな女に寄ってくる男ってまともじゃなさそう」「そもそも男寄ってこないでしょ」「本末転倒」とのことでした。
おk。ぐうの音も出ない。
私は自分のことクズだと思っているので、ということは私の旦那はまともじゃないということになる。可哀想に。自分をクズというのやめておこう、今度から。